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仮面浪人をして東大に来た「問題児」。彼の考える「学び」とは?

遠藤 和真
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遠藤 和真
東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

現役東大生・小林恭介さんのインタビュー

現在2年生の小林恭介さんは現役生時代、成績優秀者として冊子に掲載されるなど、合格を掌中に掴んだかに思われるも、不合格を突きつけられます。一度は慶応義塾大学に進学するも仮面浪人を決意し、現在は東大生。二度目の受験に挑んだ彼の確固たる覚悟とは。

問題児の盾は学力だった

――早速ですが、幼少期はどんなお子さんだったんですか?

どうやら多動気味で、問題児扱いされていたようでした。両親はそんな様子を見て、「この子は精神的に問題があるかもしれない、でも明らかに頭は抜群にいいから、学力で何か抜きんでた存在にしなきゃいけない」そう思っていたらしいですね。

――問題児、ですか。でも優秀だった、と。

そうみたいです。当時の担任の中には、自分にとって都合のいい、「元気で」「運動のできる」「素直な子」をひいきして、僕に対しては明らかに冷たく当たる人もいました。ただ、荒川区の統一テストで一位をとったりしていたようだったので、落ち着きはなくてうるさい問題児だけど、成績のおかげで学校でも一目置いてもらえていたみたいです。

――なるほど。学力が盾になってくれたんですね。中学時代はどうでしたか?

中学時代は、埼玉県の開智学園に進学したんですが、楽しくやっていましたね。相変わらず落ち着きはなくて、物をよく壊していたりしました(笑)。学力の方は、勉強に力を入れていなかったこともありますが、流石に地頭だけでは対応できない内容にもなってきていました。学年でも中の中くらいでしたね。

小林さんの地理のまとめノート。シンプルにまとめられている。

恩師との出会い

――そんな小林さんが学業に目覚めるきっかけはあったのですか?

高校に上がってから世界史の授業が始まったのですが、その面白さに魅了されてしまって。とにかくいろいろと覚えまくったんですよね。これをきっかけとして、勉強の習慣をつけることができました。あと、授業担当の先生が結構ツンデレな感じで(笑)。なかなか褒めてくれない先生なんですけど、ちゃんと答えると時々「やるじゃん。」みたいに返してくれて。その先生との応酬が本当に楽しかったですね。

――なるほど、ある種切磋琢磨する相手としてその先生の存在があった、と。

そうですね、その先生がいたから世界史にのめりこめました。のめり込みすぎて、クラスに世界史ブームを巻き起こしてしまいました(笑)。ただ、そんなにのめり込んだのに、世界史で校内1位になれなくて。「全力でやってこれかよ!」って悔しくて、そこから勉強に集中するようになったのを覚えています。

――そんな小林さんが東大受験を決めたきっかけとは?

世界史で勉強習慣がついてから順調に成績が上がっていって、ついには校内のテストで全教科1桁で安定するようになってきたんですよね。そして高2の1月のマーク模試で校内トップを取ってしまって。ここで初めて、「自分って頭いいのかも」って思って、東大を考えました。

小林さんを勉強に目覚めさせてくれた恩師による添削。

「自分の力で合格してやる」

――そんな小林さんですが、現役時には受験に失敗してしまったんですよね?

はい。東大模試ではA判定も出ていたし、校内順位から見ても合格圏内だったとは思うんですが、あと3点及ばず不合格でした。

――仮面浪人を決断したきっかけはなんですか?

もう1年やれば絶対に受かる、という確信があったからですね。両親からは反対され、喧嘩をしてしまいましたが。

――親御さんの反対があったというのは大変だったのでは?

そうですね。でも自分の人生ですし、自分で全てを決めたかったし、決めたからには全て責任を取るつもりでした。覚悟を決めていたんです。

――全て自分で…すごいですね。

自分のわがままで受験しているので当然だと思っていたし、「どうせやるなら全部自分の力で合格してやる!」って思っていました。金銭面に関しても、生活費と入学金以外は親には頼らず自分で働いてまかなっていました。日雇いのバイトで、引越しの手伝いとかやっていましたね。

――ちなみに大学の方は通っていたんですか?

もちろんですよ(笑)授業を休んだことは1、2回しかなかったですし、単位も落としていません。GPAも3.5でした。

――すごい…。

仮面浪人時代の成績。ほとんどがAかBで占められている。

Etin Arcadiā ego.(理想郷にも死神はいる)

――仮面浪人時代は、どういった日々でしたか?

”Et in Arcadiā ego.”という言葉をご存知ですか。

――いえ。

「アルカディア(=理想郷)にも、私(=死神)はいるぞ。」という意味の言葉です。現役時の失敗から、「慢心してはいけない」、そう思ってこの言葉を心に留めていました。今思うと、現役時代は確かにいい得点や判定は出ていたんですけど、その内実をちゃんと見ていなかったんですよね。成功の中の失敗に向き合わなかった。自分の場合は英語で、模試では40~60点で点も低いし安定しないし。でも「他が取れているからいいや」と思って、改善を十分に図らなかったんです。

――仮面浪人時代はその点を修正したわけですか。

そうですね。「まずは隗より始めよ」という言葉もある通り、まずは身近なことから徹底していく。自分を深く知り、本当に必要なことを積み重ねていくことを繰り返しました。例えば、『速読英単語(上級編)』の例文を、毎日1つは繰り返し音読して、自分なりに確信を持って「スムーズかつ正確に読める」状態まで仕上げることを習慣にしていました。

―ー一つのことを完璧にしていく、大切ですね。

基本です。よく暗記術とか色々ありますけど、僕からしたらそんなものはないんですよ。一つのことを確実に身につくまで反復し、継続するする。それしかありません。厳しいようですが、「覚えられない」は甘えですよ。

――説得力がすごい…。ところで、仮面浪人中って、モチベーションを保つのが大変だったりしませんでしたか?

そうでもなかったように思います。夏頃別れてしまいましたが恋人もいましたし、また「仮面浪人サークル」みたいなコミュニティがあって、そこで関わりを持ててはいたので、むしろ充実していました。あとそもそも相当な覚悟を持って仮面浪人を決意しましたしね。模試でA判定以外をとったら受験を辞めるつもりでしたし、いやが応にも勉強せざるを得ない状況でした。

――そんな相当な覚悟を持って学んだとなると、合格発表当日は相当に緊張したのでは?

そうですね、相当に緊張していました。一人で行って、番号を見つけて。すぐ親に電話をして、そして高校時代の恩師に電話をして。先生は「あ、よかったな!」って言ってくれました、先生も相当安心したんだろうな。本当に。僕自身も努力が報われて嬉しかったです。

小林さんの受験した東大模試の結果の一部。文科三類志望者で全国1位にも。

彼にとっての“学び”とは

――ではここから、1つか2つ、小林さんに質問をさせてください。まず、一度他の大学を経験した小林さんから見て、東大に入ってよかったことはありますか?

専門課程になったら違うかもしれないですけど、慶応と東大に正直そこまで露骨な差はないと思っています。だいたいのことは、自発性さえあればどこでもできる

――なるほど、大学に入る意義とか、勉強をする意義とかは、考えたりしますか?

大学に行く意義は、「将来の選択肢を広げる」シンプルにそれだけでしょう。勉強に関しては、そもそも生きることが勉強です。座学だけが勉強とは言わない。なので、その質問はナンセンスですよ。そもそも生きていたら人間は何かを得るはずです。

――確かに、その実感はものすごくあります。

受験勉強に限って言いましょうか。短期的に見れば、合格という目標の達成のため。長期的に見れば、将来の選択肢を広げるため。そして、敷衍して辛い座学的な経験を学びというなら、それを超えた先にある自分が選んだ目標を達成するため。ただそれだけです。

――これでインタビューの方は終了となりますが、何か最後に読者の方へのメッセージをお願いします。

辛い時は“外”に出ましょう。なんでもいいです。建物の“外”でもいいし、交友関係の“外”でもいい。内にとどまらず、外に出ることで得るものがあります。そして、僕が思うに、辛い時こそ、人生逆転のチャンスですよ。物事というのは、結局は解釈の問題。マクロな目で冷静に物事を捉えることが大切ではないでしょうか。

おわりに

執筆:小川護央

編集:ニシヤマミオ、遠藤和真

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東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

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