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自分と、そして他人と向き合い続けた、ひとりの東大女子の半生をさぐる

遠藤 和真
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遠藤 和真
東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

内山幸奈さんの東大合格体験記

「私は、天才なんかではなくて、凡人が努力して東大に合格した例です。」そう語るのは一浪の末文科三類に合格した内山幸奈さん。インタビュー中「生きづらさを抱える人に寄り添いたい」と答えた彼女。受験生活の話を通して、これまでの人生でいろいろな人に囲まれ、様々な他者の葛藤を直視し、そして考えて生きてきた、そんな印象が残った。
インタビューに答える内山さん

中学時代が人生の基礎になりました

――まずは、どんな性格の子だったのか、教えていただけますか?

幼稚園時代は、周りの子供たちが色々喧嘩とかしているのを見て、「どっちの言い分もわかるな」みたいなことを考えながら、弱い立場に置かれた子の味方でありたいと思っていました。自分が4人きょうだいの一番上で、面倒をみることに慣れているというか、少し大人びていたところがあったんですかね。

――そのころについて何か覚えていることはありますか。

幼少期は、親がたくさん旅行とか博物館科学館とかに連れて行ってくれたんです。そこで新しい何かに触れることの喜びや楽しみを教えてくれたと思います。

――なるほど。では本とかにもたくさん触れましたか。

そうですね、親がたくさん読み聞かせをしてくれました。おかげで本は今でも好きです。人生のいろんな場面で救ってもらいました。

――ちなみに、どんなジャンルを?

幼少期は絵本とかから始まって、いろいろな物語や伝記を数多く読みました。一方であんまり図鑑とかは読まなかったですね。今の読書習慣について触れると、私はファンタジーがあんまり好きじゃなくて、それよりも人間ドラマ小説が好きですね。池井戸潤さんの『下町ロケット』みたいな。あ、歴史物なんかも読むことがありますよ、『竜馬がゆく』とか!

――小・中・高時代は、それまでと何か変わったことはありますか。

小学校では、「嫌だ」と思っても「嫌だ」って言えないようなおとなしい子でした。小学校を卒業して、地元の中学に通った三年間は私の人生の原点になっています。

入学早々知らない先輩に目をつけられてしまい、廊下を歩いていたら「あの内山ってやつ、まじきもい〜」という声が聞こえました。それから私にとって中学校は本当に怖い場所で、毎日自分の行動と発言を振り返って、誰かに嫌われないかと考えていました。私自身も苦しさを感じていたけど、私が怖いと思っていた人たちにも何かがあったはず。本当に辛い時期でしたが、今私が生きづらさを抱える人を支えたいと考えているのは、この頃の経験があるからです

それはさておき、自分らしくいられる場所を求めて進学した高校では、素の私を認めてくれる素敵な友人がたくさんできました。

一桁に囲まれたあの席は…(笑)

――そうだったんですね。学校生活についてお聞きしましたが、勉強に関してはどうだったのですか?

小6の頃はめっちゃ勉強していましたね。中学のどの時期よりも。ライバルのような存在がいて、彼に負けたくなくてどんどん勉強しちゃいました。確か、自主勉強用だけで、半年で14冊もノートを使いきっちゃっていました

――すごいですね。ライバルの存在は確かに大きいと思います。勉強は熱心だったと分かりましたが、成績の方はどうでしたか?

中学では学年で上位でした。でも高校では実際入ってみたら140位/340人くらいで、「自分ってこんなもんか」と思いました。ただ、クラスで席的に校内一桁ばかりに囲まれてしまったんですよ。その周りの人たちの会話が全く意味不明でした(笑)。そんな彼らの話を理解できない自分が恥ずかしく思ったし、そんな自分のままでいるのは嫌でした。そう思って、勉強に力を入れていきました。その結果、うまく成績も上がっていってくれましたね。

あと自分は中学までの経験から自己肯定感が低くて。そんな中でも何か自分の自信になるようなことがないかなって思って、勉強に打ち込んだ部分もありますね!

――勉強に関してお聞きしてきましたが、部活についてはどうだったのでしょうか?

中学時代は剣道をやってました。県で団体3位まで行きました。高校は、英語部に所属していました。高2で引退だったんですけど、ラストの大会で、演劇、朗読、英作文と複数部門で一位をとれたのは本当に嬉しかったです。本気で取り組んだのもあって、努力が報われて嬉しかったですね。

――そして高3になり、受験生活ですが、なぜ東大を?

地元が三重県なんですが、東京に行きたいのと家の経済事情から、「東大かな?」って感じです(笑)。

――受験勉強には苦しさもあったのでは?

競争相手のレベルが高いのは辛くて。というのも自分のレベルでは妥協が最後までできなかったですからね。

――なるほど、ちなみに塾は利用していたんですか?

 現役時代は全く。何か与えられたものに取り組むよりも、自分でやることを決めて深めていくことの方が好きだったんですよね。

親友が繋がってくれていました

――それでも、現役では不合格になってしまったわけですが、浪人時代はどうでしたか?

この時期が自分を大きく変えてくれました。それまでは、他人から承認されることで自分を保っていたけど、自分が自分を認めてあげられればいいや、という考えに変わったんです。

――それはどうして?

まず、浪人時代は河合塾に通っていたんですけど、「挫折と挑戦」という講演があって。そこで、自分の考え方が変わった部分は大きいです。正直、浪人が決まってからは、それまで自己肯定感の低い自分を支えていた「私は、四高生(=四日市高校生)だ」っていうプライドが崩れたし、金銭的に親に迷惑かけるしで、本当に鬱々としていました。「自分ってなんの価値があるんやろ」って。でもこの講演と、あと親友二人との文通のおかげで、自分なりの考えを整理できましたね。

――親友。

はい。晴れて合格できたのもこの二人のおかげで。この二人がいたからこそ今の自分がいると行っても過言じゃないです。辛い時期に手紙を通じて心を支えてくれました、通っている大学の話もしてくれましたね。いつも繋がっていてくれました。)
支えてくれた親友からの数多くの手紙

―ーなるほど、支えてくれていた人間がいた、というわけですね。逆に受験の時に心に留めていた言葉や音楽などはありましたか?

岡村孝子さんの「夢をあきらめないで」の歌詞。毎日聴いていました。

(参考URL https://www.youtube.com/watch?v=NBPSPoHWuRc)

――この動画、同じく受験を経験した身としては込み上げてくるものがあります…。紆余曲折ありながらも、晴れて東大に入って良かったことは何ですか?

いろんな出会いがあることですね。アクティヴで優秀な人間に囲まれて、大いに影響を受けています。私自身、明らかに行動力が上がったんです。エムグラムっていう心理分析テストがあるんですけど、その結果が、浪人時代と今では全然違っているんです。今の自分の方が自分の理想に近いし、好きだな。

――受験を経て変われた、素晴らしいですね。最後に東大を目指している受験生・高校生にメッセージを!

東大進学が唯一絶対の道じゃないと前置きした上で、自分が信じた道に向かって進む人はとてもかっこいいと思います。自分を諦めないで頑張っているみなさんを応援しています。私も頑張りますね!

おわりに

最後までお読みくださりありがとうございました。私たち『東龍門』は、東大生ならではのノウハウを活かし、受験や勉強に役立つ情報をTwitterでも発信しています。よかったらチェックしてみてください。また、質問などもお気軽にどうぞ!

執筆:小川護央

編集:ニシヤマミオ、遠藤和真

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東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

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