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東大工学部の推薦合格の秘訣は「挑戦」と「study」!?

遠藤 和真
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遠藤 和真
東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

インタビューに応じてくれたのは東邦大学付属東邦高等学校から推薦合格した理系の望月友貴くん。1年前に合格最低点を超えていたという彼の受験生活を振り返ってもらった。

中学受験決定は小6の12月?!

――子供時代からのお話を聞かせてください。

『まず幼稚園の頃からサッカーをやっていました。小学校でテストもとっててサッカーもできるってことで嫉妬などからいじめがあって。激しいものではなかったんですが、一緒に学びたくないと思ったし勉強も簡単だったのでもっと勉強したい、塾に行きたいと思って小3で市進学院に行きました。これがきっかけですね。』

――その頃から徐々に受験を?

『両親とも中学は公立だったので中学受験は知りませんでしたが、4年くらいから受験の話になって、塾が中学受験のためのものだと知りました。小5から受験しようと決め始めたんですが父が反対して、一年弱バトルになりました。母が「受けさせればいいんじゃない」と父を説得し、小6の12月くらいにようやくOKが出ました。普通立場が逆ですよね(笑)休みがあるのか分からないくらい何か毎日ある生活をしていたので友達も僕が受験することを知りませんでした。親の反対を押し切り受験しましたが、スランプに陥っていて開成に落ちて東邦に入りました。この悔しさが後にも繋がってきますが。』

――自分の意思で中学受験したんですね。その後はどうなりましたか?

『中学はもう波乱万丈で。部活はハンドボール部に入ったのですが、5月ぐらいの本格的になってすぐ練習で肘から倒れて複雑骨折してしまって、手術するほどで8月までは部活もできませんでした。もともと文武両道がモットーだったので武ができなくなり文に走りました。部活に復帰しましたが、基礎で置いていかれた時期は本当に辛かったです。それでも全てのメニューをこなしました。』

数学の予習から始まった

――すごいですね!部活に復帰し、勉強の方はどうだったんですか?

『後半の合宿から帰ったらもう9月で、勉強ができてないまま学年テストになってしまい、あまりいい成績は取れませんでした。78位で、あれ、こんなもんか、と思いました。でもこの時に初めて順位を知ったんですね。それで勉強しよって思いました。午後8時まで毎日部活の2年間でしたが、中2で学年1位もとって、そこからは上位をキープしてましたね。中2の3学期からは先生に、数学の授業聞くぐらいだったら予習した方がお前のためだ、とも言われて。最初はそれも無視していたんですけど、何回も言われたので自分で予習し始めました。このころから受験勉強はスタートしていたのかな。1年間で数Ⅲまで終わりました。』

――早過ぎる…!ハードな部活を続けながら勉強も着実に進めていたと…。

『はい、でも実は中3頭に顧問変わってしまって。「人生=ハンドボール」、みたいな厳しい人で。ハンド名門の出身でもあり、練習もきつくなりました。自分のことも把握してくれていなかったのもあって、メンタルが辛かったですね。五月中旬から7月までは勉強もままならなくて、それまで一位とかだったのに1学期期末では初めて赤点も取りました。』

――え!!!?それでも部活は続けたのですか?

『大会1週間前に顧問にやめるって言いに行ったら部員の前に連れて行かれて恥をかかされて。ここまできたら意地でやってやるって決意しました。結果県3位にもなって。この怒りは勉強にもいってめちゃくちゃ進みました。大会終わった後には、顧問から今まで申し訳なかった、よく頑張ってくれたとも言われて、関係は回復してます。高校では個人競技を勉強したくて陸上部に変えましたけどね。』

きっかけは、挑戦だった

――運動に励んでいた望月さんが、推薦入試に至った経緯は?

『高2までに数学や物理が得意になっていて、物理オリンピック目指してみないかって話がありまして。3月中旬に課題が出て、6月に提出、というスタイルだったのでまずは先輩がどうやるのかを見ました。研究のため高2で陸上部も引退して物理オリンピックに挑みましたが、高2の時はダメだったんです。でも、来年も受けさせてほしいと先生に頼んで、後輩とペアを組ませてもらいました。四月頭に課題が出て実験を決めました。高3では重力加速度の測定をして。実験レポート提出、その後持ち込み可の5時間の理論テストをやりました。予選に通りました。受かったからには夏休みをオリンピックに捧げることになりました(笑)。推薦を意識したのも高3ですね。6月に物理オリンピックの予選があり7月に結果発表で、予選通って岡山の決勝に進めたので、使えるんじゃないかって思いました。また、高1の頃には東進がやってる清華大学という中国のトップ2に行けるプログラムにも参加していて、同じプログラムに参加した一個上の先輩も推薦で行っていたので。2つあればいけるんじゃないかと。』

高3で参加した物理オリンピック

――推薦は動き出しも早いですよね?

『9月頃には推薦生用のホームページから推薦要件が出るので、まずはその要件にあっていることが必要ですね。課題は工学部は志望理由書と小論文で11月上旬に提出だったかな。確か800字くらいっていう指定があって、考えをコンパクトにまとめる力が試されてた

と思いましたね。文系は字数制限無いってことも聞きますが。』

――推薦受験の難しさって何だと思いますか?

『推薦には自分自身が主体となって色々参加しようという意欲が必要なことだと思います。やりたいことがいっぱいあってそれを中高から出来ることが大切だと思います。結果は自ずとついてきます。早い段階で気づくことが大事。なんかしら特技は身につくと思います。

面接官は要件も見ますが本当に勉強する意欲があるかを見てます。自分自身が大学で何を勉強したいかを伝えることが必要なのかと。その分推薦は一般よりは体調とかには左右されにくいですよね。』

――なかなか挑戦に踏み切れない人もいると思うのですが。

『僕も事実何個か失敗しました。でも失敗しない限り成功はないですし、挑戦しない限り成功はしません。失敗は挑戦者の証です。高校生なら失敗してもいいと思います。企業での失敗より良くないですか?挑戦が大事です。』

――その挑戦が‘受験のため’になってもですか。

『きっかけになるならそれでもいいかもしれないです。

でも推薦ってホント色々やらなきゃいけないんで、推薦のためってよりは要件を満たしてたから推薦って感じでしたね。』

――そういえば高3の夏休みに物理オリンピックだなんて、受験は気にならなかったんですか?

『一応、もともと高2の時点で合格最低点は取れていたんですね。』

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東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

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