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驚異の行動力! 『0.3点差不合格の絶望』を味わった男の仮面浪人物語

遠藤 和真
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遠藤 和真
東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

今回取材に応えてくれたのは、一浪ののち、明治大学での仮面浪人を経て文科二類に合格した、1年生の鈴木大雅さん。合格に至るまでの道のりは百人百色だ。しかしそれにしても、彼ほど鮮烈な体験にお目にかかることは滅多にない。

中学受験合格取り消しからのスタート

――早速ですが、どういった子供時代を過ごしたんですか?

『生まれてからずっと、東京の調布市で育ちました。小学校は家の近くの私立小に行っていました。中学からは女子校になる私立だったので、男子は中学受験するのが普通でした。早稲田中学に受かって、そのまま行くつもりでした。けど・・・』

――けど・・・というのは?

入学手続きで手違いがあって、合格取消になっちゃいました。

――えええっ!?

『それで、地元の公立中に行きました。小学校の時に地元のソフトボールクラブチームにいたので、特に馴染めないということはありませんでした。試験成績では、学年順位一桁はキープしていました。』

――なるほど…。高校受験の方はどうだったんですか?

『英語の勉強をサボっていて、というより、根本的に英文の読み方がわからなくて。話を聞いてない学校の先生には質問するにもできず、対処しないまま受験に突入し、第一志望の開成は落ち、不本意ながら都立西高に行きました。』

――とはいえ西高校ですからね。勉強も大変だったのでは?

『勉強は・・・1年の時に高校の勉強についていけず、250/320番ぐらいでした。卓球部と写真部、2つに全力投球していて、「部活二筋」でしたので。卓球は週5、写真は行事があるたびにPVやスライドショーを作って発表していました。生徒部主任の先生の命で、高3の夏に学校説明会の映像を作らされたのもいい思い出です(笑)。』

いざ東大受験!しかし…

――精力的に、勉強以外のことに励んでいたんですね。

『いざ受験勉強をする段になって焦りました。卓球部引退後の高3夏にようやく英文の読み方を理解したようなもので、必死に勉強しましたが届かず、東大には合格最低点から25点差ぐらいで落ちました。』

――浪人1年目はどのような勉強を?

『河合塾本郷校で1年勉強していました。模試はほぼ全てA判定で、成績は安定していました。勉強も並の河合本郷生よりはしていたと思います。友だち作りながら切磋琢磨している形で。センター試験も順調に終え、迎えた最終東進東大模試。これで浪人後初のE判定を取ってしまいメンブレになってしまって、そのまま本番を迎えました。「普通にやれば受かる」という状況でしたが、現代文で点数を取ろうと我流に走り日本語がめちゃくちゃになったり、数学で未出題だったベクトルの問題が出て一問分ほとんど白紙答案になってしまったり、英語のリスニングが30点中12点しか取れなかったり。他にも「みんなが当たり前のように知っている知識」を知らないで悔いの残る問題は多かったです。「たぶん大丈夫、だけど(合格点)ボーダー上の勝負になるかもな・・・」といった実感で試験を終えました。』

――そして、不合格になってしまったわけですか。

『はい。得点開示が来るまでが特にきつかったです。それまでは親と話していないと耐えられませんでした。自分がやってきた勉強法に間違いはないと思っていましたが、とにかく「今後自分がどうなるのか」が全く見えなくなってしまって。私大は明治のセンター利用しか通ってなくて。河合塾でもう一度か、他予備校か、明治か。迷っていて、河合本郷のチューターとも何度か電話していました。そんなうちに届いた得点開示を見たら、あと、0.3点でした。

――0.3…厳しい現実でしたね。

『落ちた事実は変わらないから、開示受け取って逆にすっきりしました。予備校でもうやることはない、と吹っ切れたからだと思います。春休み中には、「一浪で東大に行った自分を超える」という決意をしました。明治時代の僕の行動を支えてくれたのは、まさにこの言葉です。』

3枚の試験成績表

――仮面浪人してでも東大を目指した理由を教えてください

『高3の春に塾長におススメされて東大模試を受けて、「思ったより解けた」って驚いたのがきっかけでした。現役の時は、「あの東大目指せるなら、やってみよう」という感じでした。浪人してからは、「己にとって理想となる人」、「自分の好奇心を高めてくれる人」に出会い、そうした人とともに学びたい。それがモチベーションでした。自分がとりわけ尊敬している友人がほとんど東大に行っていて、「あそこに行けば彼らみたいな人にもっと出会えるんだろうな」っていう興味本位です。』

仮面浪人の実際

――明治大学での仮面浪人中はどんな生活を?

『サークルとアルバイトだけはやらず、それ以外の機会にはできるだけ飛びつくと決めていました。1つは開発経済系、もう1つは留学準備生が集まるゼミみたいなもので、初年次ゼミナールを2つ掛け持ちしました。その二つを中心に据えて活動をしていました。

――どんな活動をしたんですか?

『留学ゼミの先生のおススメで、春学期に留学生サポーターとして活動し、夏休みには大学の短期研修でアメリカのボストンに3週間行きました。あと、どん底の精神状態の中、「幸せ」の定義づけがしたくて、インドへ8月末から3週間行っていました。カーストの中、貧困にあえぐ人の価値観に、直に触れる経験がしたかったのです。コルカタで1週間ボランティアしてから2週間放浪していました。夏休みで東京にいたのは4,5日です。』

タージ・マハル前で

――な、夏休みに全然勉強しなくても大丈夫なんですか…!?!?

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東京大学工学部3年。仙台第三高等学校卒。一浪ののち理科一類に合格。 論理的思考力と、個々人の能力を引き出す洞察力が持ち味。 多趣味。文理問わず勉強。 最近はブロックチェーンに興味あり。 キャッチコピーは 「ワクワクつくって生きていく」

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