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医学科生の語る「知識を次に繋げる面白さ」とは?

 
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三浦康太郎
東京大学後期教養学部2年。宮城県石巻高校卒。現役で文科2類に合格。 学内では社会問題についての自主ゼミや起業サークルに参加。 経験格差を是正しつつ、没頭の技術を教育で広めることが目標。 今は、あえて遠回りに視覚や脳について学んでいる。 東龍網編集長。頑張る。

今回取材したのは医学部医学科3年生の林航平さん。国際系団体であるGNLFで代表として活動し、2年のSセメスターでは牧原ゼミ(毎週課題の本を読んで、その本の主張に関して何かしら自分なりの意見を論じる練習をする政治学ゼミ)や川人ゼミ(社会問題の現場を学ぶゼミ)にも参加。滋賀県から灘高校に進学し、東大理三に至ったのちも貪欲に学び続ける彼に見えている世界に迫る。

自分らしさの発見

――滋賀県から灘って珍しいのではないですか?

『確かに滋賀から灘は少数派ですが、いないことはないですね。』

――どのようにして灘の受験に至ったのですか?

『小学校の頃は、くもんに通っていました。そのくもんは「できなかったら戻って来い」くらいの方針で進められるのが嬉しかったですね。遊びの延長、という感じで勉強も好きなようにしていました。苦手意識もありませんでした。小3で全国統一小学生テストを受けたのですが、その結果も良くて。通ってた小学校から普通進学する中学ではもう1つのあまり評判の芳しくない小学校と一緒になる予定だったので地元を離れたかったのと、勉強が好きだったことの両方で中学受験はするつもりでした。小3の時は洛南附属の中学にも行けそうだったので他の塾には行かなくていいや、と思っていたのですが、頑張れば灘にも行けそうになってきて。灘の自由さに惹かれたんですよね。そこで大手の塾に行くことに決めました。家の近くにあったのですが、ちょうど出来たてで募集していなくて、京都に小6から通うことになりました。他の人は小1から通っているような塾でしたが(笑)』

――小6から!灘に入ってからはどうでしたか?

『やっぱりみんなキャラが「頭がいい」で似ていたので、入って「あれ?自分らしさとは?」、とも考えましたね。関西男子校では結構話の面白さが重視されるんですよ。いかに面白いかが中学時代の評価基準で、自分が話せることがあるって大事なんだなと感じました。ボケツッコミもうまいといいです(笑)』

――中学の頃から勉強以外の魅力を見出していたんですね。

『はい。自分らしさを大事にできるようになったのは良かったですね。他に灘でよかったのはイベントに打ち込めたこと。特に文化祭は部活中心で行われるんですが、鉄道研究部とかレゴ部とか、文化部が多くて熱量がすごいんですね。みんな全力で。文化祭が5月、体育祭が9月にあるのでその月はたとえ高3であっても勉強はできない前提でしたね。普段は勉強せずにテスト直前にみんな詰め込んでいました。その習慣がイベントにも現れて、リハーサルとか前日に全然仕上がっていないのに当日には完成されてる、なんてことはよくありましたが(笑)ただみんなやる時とやらない時の切り替えはうまかったですね。』

ふわふわな一面も。

受験は戦略

――勉強の話に戻りますが、文理選択はいつ頃したのですか?

『高2ですね。実は僕は未熟児として生まれて不健康だったので、小さい時から毎日病院通いだったんですね。普通に通えるようになった小学校の入学式が嬉しい、ぐらいで。僕が今健康でいられるのもいい国に生まれた、環境に恵まれたからだと思ってますが、別の境遇で生まれた人はどうなるのか、って考えると医療に携わりたくて、理系を選びました。あとはちょうど友人と電車の中で癌について話してた時、正面に座っていた方が抗がん剤を研究していて、色々最先端のことを教えてくださったという偶然からも大きな影響を受けています。ただ、医者が救えるのは一度に一人で抜本的には変えられないな、とも感じて省庁も検討していたんです。でも灘だと4分の3以上が理系で文系は限られてますし、文転なら比較的簡単にできるかな、と思って理系に踏み切ったという思いも正直あります。』

――東大受験はいつ頃意識しましたか?

『高校自体はあまり受験対策しない方針で自主性に任せられていたので僕も高3の時は塾に入ってましたが成績維持、というだけでそこまで受験を意識していなかったです。ピアノの部活の部長だとか文化祭副委員長だとかをやっていたのでそれが終わった5月からようやく考え始めました。進路選択のモラトリアムが欲しいな、と思って進振り制度のある東大にしました。』

――では受験対策はどのようにしたのでしょうか。まずは理系科目について教えてください。

『数学はどうしたら解けるようになるかよく分かっていませんでしたね。とりあえず苦手分野を潰そうとしていました。特に複素数平面は苦手とする人が多い反面、問題は易しめなので絶対に解けるようにしようとしていました。学校帰りに鉄緑会に行ってましたね。その問題で、1回間違えたものは解き直して、考え方を把握するようにしていました。理科に関しては、生物化学選択だったのですが、生物って入試問題のページ数が多くて時間がかかり、化学にも支障を与えてしまう上、論述問題なので60点満点中最善を尽くしてもほとんどの場合48点ほどしか取れないんですね。物理ならもっと得点可能なんですが。苦労しましたが、単語を並べるだけでなく、原因と結果など、わからないものは説明できるようにしておきました。生物がこのような状況だったので、計算の多い化学は過去問を解くとき、「解けない問題を解けるようにする回」と「このセットで問題が出てきたときどうやって得点を最大化するかを重視する回」のメリハリをつけてやっていました。特に得点の最大化にはどこまでなら計算を捨てて良いかなどを見極めることが必要なので。』

――国英に関してはどうですか。

『英語は何をすべきかよく分かっていました。くもんの影響かな。自主的なものとしては友達と英作文を書いて電車の中で添削しあっていました。通学には2時間ほどかかったのですが、寝るか勉強するかで活用していました。あ、英語であまり苦労しなかったのは高校時代に2回ぐらい海外に行ったのも関係しているかもしれません。1回はイギリスで、結構話せたのですが、もう1回はコロンビアで行われるシンポジウムでインド、パキスタン英語が全然わからなくて、わかる英語しか聞いていなかったんだなと感じたことから、英語の能力はもっとあげたいと思っていて勉強してましたから。国語はあまり勉強していませんでした。古文漢文はやっていましたが、現代文はどうしてもやり方がわからなくて。採点もわからないですし。中学入試の時は国語はパズルみたいで得意だったのですが…理系の東大入試では国語は60点満点中40点前後に大体みんな収まるからそれほど気にしなくていいのかな、と思っていました。ただセンター対策は過去問10年分ぐらい解いて対策しましたね。』

――科目ごとのバランスを考えていたんですね。

『はい、ストラテジーを立てるのは面白かったですね。勉強の進め方に関しては、はじめ詰め込んだら後はいかにアウトプットするかだと思っています。ハイレベルな仲間がいる分、周りに負けてられない、という思いもありましたが、自分が100人(理三の定員)に入れればいいとも思っていたので、得意な教科で苦手を補うようにもしていました。普段の勉強もノルマは決めてましたがフレキシブルに、飽きたら他の教科をやるようにしていました。ただゆったり気分転換をする余裕はありませんでしたね。』

――二次試験当日はどうしてましたか?灘だと東大受験生の中ではマジョリティの学校になるのかと思いますが…?

『確かに理三の受験会場は灘ばかりでしたね。ただ僕は試験の出来が良くても悪くてもあまり話したくはなかったのでホテルも別のところにしていました。実は灘の医学部目指す人に伝わっているホテルがあって。代々先輩も皆受かっているので願掛けも兼ねそこに泊まりました。』

活動を広げる、知識をつなげる

――現在の東大での生活はどのような様子ですか?

『忙しくしてないと落ち着かないので多くの活動をしています。特に2年のSセメスターでは川人ゼミ、牧原ゼミにも参加しました。牧原ゼミでは自分で考察を深めてロジックを組むこと、そして自分の強いフィールドに話を持ち込んでいいことも学びましたね。また履修していた難民に関する講義では、アフガニスタンの難民について調べました。情報がなく大変でしたが、NPOの方にヒアリングを行うこともできましたね。あとは医療系のベンチャー企業でインターンをしていて、春休みには認知症の物質を研究している研究室にも入りました。』

――学生団体の方はどのようなことをしているのでしょうか。

『GNLFでは海外の学生や教授をお招きして国際会議の運営をしています。毎年2月ごろに行うのですが、それに向けて1年間準備します。昨年のテーマはジェンダーでした。高校で海外に行ったとき英語を武器にするにはまだまだ不十分だと感じ、キルギスやブルガリアの英語も聞けるから、という理由で団体に入ったのですが、会議では価値観の差も感じ本当に貴重な体験ができました。

GNLFの開会式でのスピーチ

――本当に多くの活動をしていますね。

『はい。生活はそれまでと全然違いますし、一歩踏み出せば大学内外、様々なコミュニティを広げられます。機会がどこにでもあるという点で、今が一番拓けているのではないでしょうか。これが大学生の1番いいことだと思います。だからこそ、今はフットワーク軽くいることが大事だと思っています。何かが得意な人とご飯に行くだけで面白い話が聞けて、それに対する見方が変わったりもしますからね。』

――確かに大学は視野を広げられますよね。林さんの活動はゼミや国際会議など、学術系のものが中心のように感じますが、勉強は好きですか?

『単位を取らなければならないのは辛いですが、自分が学びたいものを学ぶのは好きですね。知識が増えるのは楽しいですし、それで考え方が広がるのも面白いです。牧原ゼミでは本に著者の意見に対して別の見方を提案するのですが、そういった目の付け方を勉強するのも面白いですよね。芸術にも興味があり、芸術を学んだり芸術作品に触れたりすることで、日常生活の中で新たなものの見方ができるようになったと感じることもあります。』

――確かに。知識から考えが広がるのはいいですね。

『はい、でもたまに僕は「みんな、何も考えてないなんて、ありえなくない?」って思うこともあるんですね。いろんな人は何かを考えているのに、その事実に対して無意識であるのが残念だなというか。例えば水族館の展示の工夫に目を向けたことありますか?自分が何らかの感情を抱いたものに対し、「自分が何を感じたのか、どうしてそのように感じたのか」ということに意識的になると面白いですよ。どんなことからも学べるものはあって、知るだけで完結することはありません。違う見方をする楽しみ方ができるかどうかは、知ったことを次に繋げることができるかどうかだと思います。知識や見方を活かしていける人は人生の幅も広がると思いますよ。

――勉強を広く捉えることで面白くなりますね。最後に、受験生にメッセージをお願いします!

『もちろん受験勉強もできないときはしんどいと思います。できない問題が解けたら終わりではありませんし、どうすれば本番でも解けるかを考える必要があります。時間の使い方を含め、よく分析し、どう勉強するかを決めていくことが重要だと思います。頑張ってください。』

おわりに

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執筆:山口ゆり乃

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三浦康太郎
東京大学後期教養学部2年。宮城県石巻高校卒。現役で文科2類に合格。 学内では社会問題についての自主ゼミや起業サークルに参加。 経験格差を是正しつつ、没頭の技術を教育で広めることが目標。 今は、あえて遠回りに視覚や脳について学んでいる。 東龍網編集長。頑張る。

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