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浪人→全国1位!努力の天才の生活に迫る

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『ALESAのインタビューを思い出しますね』 そんな風に語り出してくれたのは、麻布高校から文科2類に一浪を経て合格し、現在は工学部の計数工学科に在籍する佐藤浩太郎さん。浪人時代に全国1位に輝いたこともある彼の勉強にかける思いは筆者の想像を超えていた。しかし彼は、いわゆる天才ではないようで…?

天才?いや、元はちょっと勉強好きなだけだった…

――佐藤さんは中学受験から勉強を始めたタイプでしょうか?

『そうですね、中学受験を結構やってきたタイプです。ただ東京では特別なことではないように思います、御三家に行こうとする人は皆最初から東大を目指していましたから。当時は理系少年で、理科≧算数>社会>国語の順番で好きでしたね。』

――どんな勉強を?

『理科便覧とか写真が多く載ってるようなものを見てました。家庭科でコラージュみたいなことをすることがあって、それで三角フラスコの写真切り取ってた子供でしたね(笑)。とはいえ社会も戦国武将や三国志について知ることをはじめとして結構好きで、 “曹操軍の進撃の動きを表した矢印”みたいなのを引いたりして遊んでいました。 』

――自然と楽しんでいたんですね。

『元々僕は背が小さくて気が弱かったんですが勉強できるようになってそこからちょっと脱却することができました。SAPIXという塾に入ったのは小4でその時は週1くらいかな。それに加えて親が教育熱心だったので、通信教育みたいなのもやっていましたが、自分としてはあんまり「東大に絶対行くぞ!」とは考えてなかった。父親は中学受験させようと考えてませんでしたし、母親も小石川とか都立の高校に入れるように、と考えていたようです。』

――最初から麻布志望というわけではなかったんですね。

『それが、僕が思ったよりちゃんと勉強したみたいで(笑)。SAPIXって開成予備校と呼ばれたりするくらいで、僕も最初は開成志望でした。しかし途中でどうも麻布の問題の方が相性良さそうだなと感じ、そちらを目指すことにしました。中学受験は問題に学校の色が出ます。麻布は文章をたくさん読ませるイメージです。それが合っていました。』

――中学受験、やめたいと思った時はありませんでしたか?

『 ゲームしたいと思う時もありましたが、中学受験は成績が上がれば楽しかったので「今すぐにでもやめたい」とは思いませんでしたね。 』

――麻布での生活はいかがでしたか?

『課外活動みたいなことはあまりやってなくて、だいたい1年ごとに違うゲームにはまってましたね。ちょっと後悔してます。勉強していなかったので物理や化学が身近な存在ではなくなっていたことと、世界史と地理の先生がすごく好きだったんですが、理系だと社会は1科目しかできない、という制度的な要因が重なって高2の冬に文転しました。中高一貫校だと高2まで基礎なら文理両方やってるから文理を変えるハードルは低かったですね。教員の数にも余裕があったから、やはり受験には強いんじゃないかなぁと思います。クラスの半分が東大模試を受けていたり、東大志望には居心地の良い環境でした。』

今後あなたが「麻布」と聞いたら想起するだろう一枚。16歳くらい。

――高2からは学校外でも受験勉強を本格的にされたのですか?

『高2から駿台に週一コマ行っていましたが、復習しないのであまり身になってないような状態でした。高2の終わりくらいから危機感は感じていて、それでとにかく数学と社会をやろうと思いました。なぜか英語は捨ててた(笑)。数学は、網羅系の参考書をちょっと触ってみて、全然わかってないとわかったので、その後1対1対応とかをこなしました。それからは面白くなっていきましたね。』

――社会はどうでしたか?

『社会は単語帳買ったり、荒巻とかの読み物、それに論述問題集をやりました。英語に割かない分時間がありあまっていたので、自分のノートに情報をまとめたりしていました。僕は一度始めたら全部やるのがすごく好きで、過去問とかは25年分やってしまいましたね。その代わり英語は例文集を700文覚える、という謎の戦略でした(笑)。』

――偏りがすごいですね(笑)。先生から何か言われなかったんですか?

麻布の受験戦略は「本人の意思を尊重する、口は出さない、東大を受けたいなら受けろ、浪人もご自由に」って感じなので。受験指導してください、といったら大論述添削とかもしてくれますが、介入はありませんでしたね。』

数学と社会の二刀流で受験に挑む。しかし…

――現役時の手応えはどうでしたか?

『勉強しているときは受かるのではないかと思ってました。数学で満点を取って、社会で80点、国語で60点、あとは英語で落とさなければ…と。センター試験で9割近く取れたので、それも自信になりました。しかし結果は8点差で不合格。数学で満点はやはり厳しかったことと、国語・英語がふるわず、53点・43点に終わりました。また、 私立は結果がどうであれ浪人すると決めていたのですが、 慶應経済と早稲田政経も落ちてました。なぜかといえば、やはり英語が原因です。英語は受験の要所ですね、やはり…』

――浪人期はどのくらい勉強していたのですか?

『駿台のお茶の水3号館に通っていました。とりあえず英語をなんとかしないと、と思ったので夏くらいまでは英語に勉強時間の半分くらいを充てて、古典中心に国語を触りつつ、数学と社会は息抜きで、という感じでした。ひたすら勉強してましたね…。起きて駿台にいって勉強して帰って勉強して寝る、そんな毎日でした。夏休みは50日で700時間くらい勉強しました。』

怖いくらい集中している

――1日14時間ですか…圧巻です。現役時代からそこまでやっていたんですか?

『いえ、全然です。高3のときも最初はこれくらいの勉強計画立ててたんですけれど、ゲームもやめたくないと思って(笑)。ゲームと受験勉強を並行させていたら体調を崩しました。それで数学・社会に絞ったという感じです(笑)。』

――浪人するか迷っている人に一言声をかけるなら、なんでしょうか?

『浪人で伸びない人もいるとは思います。しかし、浪人して伸びるかどうか、その伸び代を自分でわかっているなら、勉強したら絶対に伸びます。それは自分の心に聞くのが一番だと思いました。親や経済状況との兼ね合いも当然あると思いますが、浪人が選択肢にあがっているなら、本心に従って動けば良いと思います。ただ、やらなきゃ伸びないのは確かで、覚悟が必要です。それを理解して、確信と覚悟を胸に勉強すればそれなりの結果はついてくると思いますよ。』

――ありがとうございます。佐藤さんの成績は実際伸びましたか?

『夏の実戦の英語で90点くらい取れました。単語帳も覚えると決めたものを継続し、毎日テキストの音読を2時間していました。毎日やり続ければそれくらいの文章は覚えてしまいます。それで伸びないわけがないんです。他にも「大学への数学」という雑誌の学力コンテストという企画にも応募して、10カ月くらい満点取ってたのが自信になりましたね。結果として秋から冬にかけて文1・2の全国1位を2回取ることができました。

なるほど

――それは凄い…。佐藤さんの場合は大数のコンテストでしたが、各種の資格試験なども浪人期のモチベーションアップに使えるかもしれませんね!

合格後の点数開示。努力が裏切らなかった。1年あればここまで伸び得る

大学生活、完全燃焼してやる!

――晴れて合格なさったわけですが、大学の勉強はどうでしたか?

『当初は経済学部への進学をメインで考え、1年時に履修した数学も結構好きだったので、金融学科に行こうかなと思っていました。ただ、選択肢が広く持てる点数をとっておこうと意識して勉強を頑張りました。法学部や教養学部の相関社会学科も検討しました。しかし、 課外活動などで様々な世界を見ていくうちに段々と考えが変わったんです。「3年から就職を始めて」というルートで社会人になると大学で完全燃焼できないで終わるだろうなぁ、受験勉強を12年間もやってきて、大学入試をパスする忍耐力をつけておしまいなのか?と。』

――なるほど。自分に専門性が欲しかったと?

『そうですね、僕は大学にきたからには大学でしかできないことをやってみたいと思いました。そこをいくと、東大の中で、経済学部はどっちかというとアカデミック一本というよりか、就活もちゃんとやる人が多いという噂でした。社会科を通して経済も好きになっていたので、金融系の勉強もしたいと思ってましたが、ある時自分が特に好きなのはその背景にある数理だと気づきました。経済はあくまでその対象だったんですね。』

――そうして理転を検討されたんですか。

『はい。理学部とか医学部は文系からは厳しいので、農・工・薬学部を。その中だと関心は工学部だろうな、と。理転の対象として上がりやすいシステム創成学科も考えたのですが、あそこはどちらかというとジェネラリスト寄りで、スパルタという感じではないらしく、自分には合わないかな、と。最終的には工学部の計数工学科を選びました。学科では普遍性が高い数理情報工学を学んでいます。』

――学科での勉強は楽しいですか?

『やってみるとおもしろいです。学問って、なんでも適切な努力の時間をかけてわかるようになったら面白みがわかるんですね。どの学問にシャープな興味をもって時間を使うかが問題です。だからこそ、教養学部時代に色々興味をもってやってみるのが良いと思います。やってみてこれはもういーや、ってなるのは自由ですから。対象を変えようと思えば変えられるのが東大の良いところ。』

――進学選択のメリットを活かせたんですね。学科選びで気をつけた方が良いことはなんでしょうか?

『一つ言えることがあるとしたら、学科選びには学習環境という面も含めて考える方が良いということですかね。受験のとき勉強できたのって周りにそういう環境があったからだと思うんです。 僕にとっては大きな疑問なのですが、 「大学生は遊ぶもの」という風潮があり、黙々と勉強を続けるのが難しい面もあります。しかし、意志を持って離れれば、そういう疑問をもった人たちのコミュニティもあるんだよ、ということは理解しておいた方が良いでしょうね。学科選びの時に点数を取ってる人じゃないと来れない学科なら、環境として整っている可能性が高いです。』

バルーンアートが趣味らしい

――確かにそうですね。とはいえ、佐藤さんは勉強も遊びも両立してらっしゃるように見えます。

『受験のとき、成績が悪い状況で遊んでも、どこか楽しみきれないんじゃないかって思ったんですよ。それならどっちも精一杯やって楽しめた方が良いだろうな、と。サークルにも変遷があり、最初はスポ愛(スポーツ愛好会)でバドミントンをやったり、夏休みには韓国でOVALという団体主催のビジコンに参加して韓国人・中国人の人と3人で事業アイデアを考えたり、その経緯で渉外担当としてOVALに入ったり、クラスでパ長(パーティ長の略。大概のクラスで誰かが任命される)や五月祭の副店長をやったり、その流れで五月祭・駒場祭委員やったり。他にもTLPで中国語を学んだことを活かすべく南京研修にも参加しました。』

――おおぉ充実…!

『2年春からは1日1冊本読んでみたり、夏休みにはクラスメイトと、陸路だけを通ってマレー半島を縦断したり。これは沢木耕太郎さんの「深夜特急」の影響ですね。本当に楽しい2年間でした。ただ、何かに突っ切って頑張ったわけではないので、そういう人が羨ましくなるときもありましたが。好きなことやれて幸せですけれどね。』

青春ってやつですね
マレーシアの世界遺産のペナン島にて

――最大限度の健康的で文化的な生活って感じですね(笑)。インタビューに応じてくださりありがとうございました。最後に、受験生に一言お願いします。

『受験と大学での勉強は違うよ、といわれがちです。しかし僕は受験生って勉強量も科目数も多いし、実質教養学部0年生だと思うんですよ。誇りを持って勉強してほしいですね。どうしても一部の天才が目につくでしょうが、やるべき範囲は決まってるわけですから、努力でなんとかなる範疇の差だと思います。先のことを見据えつつ勉強すれば、今だけにとらわれないで勉強を楽しめるんじゃないでしょうか。』

おわりに

最後までお読みくださりありがとうございました。私たち『東龍門』は、東大生ならではのノウハウを活かし、受験や勉強に役立つ情報をTwitterでも発信しています。よかったらチェックしてみてください。また、質問などもお気軽にどうぞ!

執筆:三浦康太郎

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