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名門「だからこそ」東大受験一辺倒では終わらない・終わらせない。麻布高校卒の実相に迫る

 
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三浦康太郎
東京大学後期教養学部2年。宮城県石巻高校卒。現役で文科2類に合格。 学内では社会問題についての自主ゼミや起業サークルに参加。 経験格差を是正しつつ、没頭の技術を教育で広めることが目標。 今は、あえて遠回りに視覚や脳について学んでいる。 東龍網編集長。頑張る。

今回取材に応じてくれたのは文科三類1年の黒澤太朗さん。麻布高校卒で、1年間の浪人を経て合格した。「自分一人では東大に来ることでなどできなかったでしょう」と謙遜する彼。 1年次から高山ゼミでアクティブに活動する彼の人生に迫った。

ーー麻布中高卒の人だと、いわば受験エリートなんじゃないかと思っていますが、小学校の頃から勉強漬けだったりしたのですか?

『そんなことは全くなくて、小学5年までは水泳に全力を捧げていました。選手コースだったので、週5とか。ただ、公立小だったんですが、その6~7割は中学受験する風潮があって、それで否応なく中学入試、ひいては東大のことは意識しました。麻布も東大も実家から30~40分にあるというのも大きかったです。自分は恵まれた環境で育ったとよく思います。』

ーー中学受験はどのようなものなんでしょう?

『麻布に限った話ですが東大入試に共通することが多くて。多くが記述式で、自分の思考過程を全部書くことができます。しかも、問題自体からどんな学生に来て欲しいか、メッセージが感じられるんです。たとえば「ドラえもん問題」なんかが話題を呼びましたが、取り上げられない問題も調べてみると、面白いと思いますよ。社会の問題も、東大日本史っぽいんですよね、与えられた文章から情報を抽出して自分の知識と合わせて文章に仕立て上げる感じです。』

ーーどんな対策をなさったのですか?

『(一般的に)算数は差がつきやすいので、算数だけは水泳行っている間も週一で塾に行っていました。SAPIXという進学塾に通いはじめたのが小5です。結局算数や理科は最後まで苦手意識を克服できたかはわからないんですが、過去問を楽しく解いているうちに、なんとか合格を頂くことができました。』

ーー中学入試には毒親のエゴという話も出てきますが…?

『うちはそんなことありませんでしたね。親に勉強しなさい、勉強しなきゃ、というようなことを言われたことはなく、僕が怠けてしまった時に方向修正してくれたくらいです。社会で時事問題も出題されるんですが、「麻布の問題は広く学べていいね」みたいな肯定的な発言で自分を方向づける感じで。小学6年生のメンタルって脆いので、家庭全体で雰囲気づくりしてくれたのは本当にありがたかったですね。SAPIXに行くことが嫌だと思ったことは一度もありませんでした。あそこは実力がクラスや席順といった形で目に見えてしまう形になっていましたが、それをモチベーションに変えることもできました。小6からは休日に志望校別のコースで朝9時から夕方までずっと勉強してました。今思えば、長すぎないかとも思うのですが、あの時は本当に楽しいと思ってやってたんですよ。習い事の一環だったというか。自分は幸運ですね…』

ーー麻布時代についてのお話を伺いたいです。

『合格発表時から、鉄緑会から「合格おめでとう、次は東大 」っていうファイルが配られるんです。鉄緑会に6年間を捧げるのは違うなって思って僕は行きませんでした。もちろん鉄緑に通っている人もいましたし、彼らの努力を否定する気はありませんが、僕はせっかく入らせてもらった麻布でいろいろなことを頑張りたいと思いました。それで、軟式野球部と、予算委員会に所属しました。」

ーー予算委員会?

『生徒が奇抜な色に髪を染めたり、ということでご存知かもしれませんが、麻布は自由な校風が特色で。それの最たるものが予算だと自分では感じていて、生徒にクラブ・文化祭・運動会等を運営する年間予算として1300万円がポンと渡されるんです。生徒に自由な裁量がある。その中で、自由には責任が伴うということを体感しました。教師がとやかくいってくる事はないけれど、生徒自身が許容可能なラインを自律して引き出す感じです。鉄下駄、賭け麻雀、出前が不問律として禁止されているというのは有名(?)ですが、それも自生的なルールですね 。』

ーーそれは、自分たちで考える習慣がつきますね。授業はどうでしたか?

『学校全体として受験に向けて対策しているわけではありません。前提として文科省の指導要領に沿ってはいますが 、教科書ではなく教師が作ったプリントで、教師が必要だと思う内容を学びました。理科基礎以上の範囲を文系も学んだり、社会は先生がマイペースすぎてギリギリまで範囲が終わらなかったりしましたね。他にも、高1と高2の土曜の午前中は教養総合という授業がありました。少人数に分かれて自分の興味関心に合わせた講座を取る形式で、大学の講義っぽかったですね。古文の先生が、古文で作文する講座を開いたり、中国語の授業なんかもありましたね。』

ーー受験を意識し始めたのはいつ頃ですか?

『高2の5月に文化祭、10月に運動会、さらにそのあたりで部活引退だったので、それ以降ですね。ただ僕は、比較的テスト勉強とかもコツコツやっていた方だったので、普段の勉強の頻度や強度を上げていったというイメージですね。高1からは実力テストが始まって、麻布内で初めて自分の位置がわかるのですが、それでいうといつも東大の当落線上にいました。高3からは英語と数学に絞って河合関連のメプロという塾に週2で行きましたが、最終的に英語が原因で落ちました。』

使い込んだ青チャート

ーー受験で印象的な出来事は?

『塾で受けた初めての模試だったでしょうか、大教室での英語の試験中、ふと顔をあげたら、100~200人の人がみんな一斉に回答用紙に向かっているのが見え、怖いなって思いました。壮観だとも、宗教みたいだとも、近代化の結晶だとも思いました(笑)。やはり教育は国家機関の装置で、文科省が決めた範囲をばーっとやらせて、点数によって決まる一つの指標で人間を評価するにすぎないんだな、とも。それでだいぶ受験戦争的な流れに嫌悪感があったのですが、ドロップアウトしてやっていくのも無理だし、東大で勉強したいという目標ももちろんありましたから、揺らぎながら進みました。東大一直線的なストーリーも悪くはないと思いましたが、自分は勉強だけじゃなくいろいろやって合格したいという思いはずっとあって、結局高3の文化祭も展示に絡んだりしました。』

ーー結果、1年目は落ちてしまった。

『絶対に合格できるという自信はなかったので、その結果は受容することができました。浪人も河合塾でしました。浪人中は疑問を抱いていたその世界で結果を出さなきゃいけないのが辛かったですね。試験というものは一番公平(かもしれない)システムということも受験が終わってから理解し始めたのですが、浪人中、模試のたびに点数で順位付けされるというのに飽き飽きしてしまいました。特に一学期は「勉強した」と自分で言えるくらい、地下牢と呼ばれた塾の自習室で淡々と繰り返し勉強していました(笑)。 でもそれ以外の記憶が曖昧で。やはりルーティンの繰り返しは記憶に残りませんね…。ある程度真面目にやってくると秋口に新しいことを学ぶことが少なくなって、どう記憶を維持するかという勉強になってくるんですけど、それはきつかったですね。』

ノート右欄には先生が板書以外に話す内容をメモ

ーー余裕は結構あったのでは?

『僕はセンターがとにかく苦手で。麻布の入試、定期試験、そして教育と、高校までずっと記述式だったのでそっちのほうが安心するんですよ。 部分点をもらえる安心感もありますし。センター国語って一問8点とかあるじゃないですか。あれが怖くて…模試では9割とか取れていたのですが、本番になると1年目147点、2年目142点とかで。2年とも自己採点したとき泣きましたね(笑)。ただ、二次試験の記述には自信がありました。実際、2年目は国語で78点とって挽回できましたから。』

ーー2度目の入試はどうでしたか?

『英語で、和文英訳が出たりリスニングの選択肢が増えたり、パニクって終わったと思いました。 でも、なんだかんだ1回目の入試の得点開示を基にした、これくらい書けばこれくらい点が来る、という予想が参考になりました。1回目の受験は、完全な模試ですね(笑)。数学でも部分点が結構もらえるので、諦めずに書くのは大事だと思います。特に数学は1日目ですし、そこでメンタルをやってしまうと後がきついですから。』

――参考になりますね。さて、晴れて合格した後は、何を?

『メインでやっているのは高山ゼミというゼミです。 浪人中の夏に、高校同期から教えてもらい、厳しいけれど勉強になってる、と勧められて。歴史学者の中でも高名な高山博教授のもと、宿題として提示されるThe Economistの記事や、全ゼミ生が一セメスターにつき一本執筆する1万字を超えるレジュメについて議論して濃密な時間を過ごします。周りが本当に優秀で、高校の頃から海外紙を読んでいましたみたいな人もいるのですが、そういうピアプレッシャーもあって頑張れます。 特に最初は自分の無知を痛感しっぱなしでしたし、英語も苦手なので情報収集力で大きな差があるのですが、それでも自分なりの角度から貢献[ できるように勉強を続けたいと思っています。それと最近、朝日新聞の学生記者として働くことが決まりました。ジャーナリズムにも興味があり、自分独自の視座を持てたらと思います。』

おわりに

最後までお読みくださりありがとうございました。私たち『東龍門』は、東大生ならではのノウハウを活かして受験や勉強に役立つ情報をTwitterでも発信しています。質問もお気軽にどうぞ!

執筆:三浦康太郎

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三浦康太郎
東京大学後期教養学部2年。宮城県石巻高校卒。現役で文科2類に合格。 学内では社会問題についての自主ゼミや起業サークルに参加。 経験格差を是正しつつ、没頭の技術を教育で広めることが目標。 今は、あえて遠回りに視覚や脳について学んでいる。 東龍網編集長。頑張る。

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